ベトナムでカメラ雑誌創刊。高級カメラ市場はどうなるだろうか?

Publish: : 日本語 / Japanese

ベトナムの高級カメラ市場が立ち上がり始めている。2014年5月には初の高級カメラ雑誌が発刊される。しかしこの市場のバリューチェーンには欠陥があった。どのようにすればいいだろうか。

2011年3月 中国 四川省 筆者撮影

2011年3月 中国 四川省 筆者撮影

経済成長と趣味市場

趣味市場は先進国のものだった

鉄道旅行作家の宮脇俊三は、鉄道ファンは日本とヨーロッパにしかいないといった。1980年台の話である。経済が成長して人々の生活と意識に余裕があるからこそ、鉄道を趣味として消費することに社会の理解があるのであり、そうではない国において、彼は、鉄道に乗りたいと言っているのにバスや飛行機を勧められたり、スパイではないかと疑われたりした。

新興国の趣味市場

そんな宮脇俊三の本を愛読している私は、3年前に中国のローカル鉄道に趣味で乗りに行った時に(私は「乗り鉄」です)、中国人の鉄道ファンを見つけて心底驚いた。しかも彼らは、いいカメラを持っていて(金持ちで)、スポーティな良い服装をしており(趣味が良く)、なんと女連れまでいた(ありえない!)。中国も鉄道趣味が発生するほど経済成長したのかと思ったし、またそれは、舶来のオシャレな趣味として受容されているようだった。感慨深いとはこのことである。

「乗り鉄」の私にとって、「撮り鉄」は隣の巨大勢力だ。写真は、人口の多さ、金のかかり方などからして、産業化しうる趣味の最大手であると思う。ここには市場がある。
3年前に中国に行った時に、気になったたので、写真も趣味チェックしてみた。ちょうど梅の季節で、四川省成都の杜甫草堂では、身なりの良い高齢者が三脚と一眼レフで梅を撮影していた。これも日本の桜のシーズンによく見るものだ。中国はここまで来たのかと、ビルや高速鉄道なんかよりも、よほど強烈な印象を受けた。
さて、ここベトナムでは趣味市場はどのような状態にあるだろうか。鉄道は不明であるが、カメラについては、成熟しつつあるようだ。前置きが長くなったが、今回はベトナムのカメラ市場について述べる。

ベトナム初のハイクオリティ写真雑誌創刊

日本なみで1万部

2014年5月に、ベトナム初の写真雑誌が発行される。チラシやフリーペーパーのようなものではなく、大判のフルカラーで、フォトジェニックな写真や、機種比較、ラジコンによる空中撮影などの最新の話題も企画した、本格的な雑誌である。記事は全てオリジナルだ。
初回部数は公称1万部で隔月刊。なお、日本の写真雑誌も、同じぐらいの部数である。
ベトナム企業が発行し、編集には現地に在住する日本人の笹田氏が協力している。

「これだけの市場がすでに存在するのか!」というのが、筆者の率直な感想である。これから出すのだから、実際に存在するかは結果を見ないと判断はできないかもしれない。しかし、これだけの市場が存在すると見込んでリスクをとった人たちがいるわけである。
笹田氏にお会いして直接話を聞いてきたのだが、市場の見込みについては、そこで背伸びをしたとか、他の理由で(既存商品の販促であるなど)大量発行するというわけではなかった。
彼曰く、「カメラカフェ」なるものはすでにホーチミン市内に数点存在し、賑わっているそうだ。また、フォトコンテストも過去3回開催し、今年の夏〜秋に4回目を開催するそうである。

写真市場の構造

「カメラ市場」と一口に言っているが、ここで市場を仕分けよう。携帯電話にもカメラはついているし、デジカメもあれば一眼レフもある。一眼レフと言えども機構的にはデジカメの一種であるし、4100万画素のカールツァイスレンズのついたスマートフォン(Nokia Lumia 1020)もある。また、本稿の意味的に、画像の記録媒体がデジタルであるかアナログであるかは、あまり意味がない。
なので、構造や機能ではなくて、価格帯で分ける。

  • 5万円から10万円がエントリークラス。キヤノン EOS Kissがこのあたりに入る。
  • 10万円〜20万円が中級クラス。多くの一眼レフがこのあたりに入る。
  • 20万円以上がプロ用の高級品。

ここに入るカメラが、趣味のカメラ市場と言える。上記のNokia Lumia 1020は55,800円だが、将来的にカメラ部分だけで5万円以上相当のスマートフォンが出てきたら、それはカメラ市場の製品と言っても良いかもしれない。

ベトナムの今後のカメラ市場の予測

ベトナムにおいてこの市場はどのように動くか。笹田氏に予想を聞いてみた。

やはりボリュームが出るのはエントリークラス。スマートフォンでデジカメを所有することに慣れた人たちのうち(ついでに言うと、ベトナム人はiPhone5などのけっこう良いスマホを持っている人が多い)、「カメラって面白い。もっといい写真を撮りたい」と思ってのめり込んでくるというもの。そもそもベトナム人はライフイベントを撮影することが好きで、つい数年前までどこの観光地にも路上写真屋がいた。アトラクティブなイベントだからこそ、そこでちょっといい物を持つというのは、購買意欲を沸き立てる。
これは、キヤノン EOS Kissの売り方であったという。

もうひとつは、高級品市場。これはマニアと威信財の両方がある。
マニアは、そのとおりで、ベトナム人は凝り性の人は多い。このあたりは日本人と似ている。
また、ステータスシンボルであるがゆえに、高いほどよいという価値観は存在している。実際、現在のベトナムの乗用車市場はこのようになっている。

自転車と同じ市場

考えてみると、値段といい、客層といい、高級自転車と似た市場構造だ。
自転車は誰もが乗るが、それは実用品であり、多くの人にとっては、それそのものが目的ではない。しかし一部分の人が自転車そのものを目的にしはじめる。そのとき、5万円の高級スポーツ自転車がある。高いが、出して出せない金ではない。他人が乗っているのを見たり、専門雑誌を読んでみたりするうちに、本当に欲しくなって買ってしまう。ウェアだパーツだと次々欲しくなり、写真をfacebookに上げたりイベントに出たりして、いつの間にか20万円オーバーのものを買うのに躊躇のなくなっている立派なマニアである。

なので、ベトナムカメラ市場のマーケティングは、単にカメラ本体を売るとか、ボリュームゾーンに廉価版をぶつけるとかそういうものではなくて、自転車と同じような、立体的なユーザエクスペリエンスの育成になるだろう。

ただ、ユーザエクスペリエンスを高めることができない理由があった。それは小売店であった。

バリューチェーン改善と新しいマーケティング

ホーチミン市内のカメラ屋(写真は例です)

ホーチミン市内のカメラ屋(写真は例です)

貧弱な小売店を避けて直販へ

笹田氏いわく、ベトナムのカメラ店は質が悪いという。彼らはカメラを愛していない、と。
これを聞いて、筆者は意外に思った。カメラ店というのはそもそもカメラが好きな趣味人が、趣味が嵩じて生業にしたようなもので、その地域のカメラマニアのコミュニティの核となっている、というようなものだと思っていた。このイメージは昭和っぽく古臭いかもしれないが、だいたいそのようなだろうと思っていた。
実態は、カメラに対する知識もなく、安物を高く売りつけようとする、あこぎでやる気のない商売をしているのだという。

その理由は、中古カメラの販売がメインだからであった。

笹田氏いわく、ベトナムはドイモイ以前に外国人の締め出しが行われ、カメラ市場の空白期があった。それが解かれた時には世界は実用オートフォーカス一眼レフに移行しており、さらにベトナム人がカメラを変えるだけの購買力を持つ頃には、キヤノン・ニコンの二強状態になってしまっていた。そのためベトナム市場は新品よりも中古のほうが大きな市場になった。

カメラやレンズは値段が程よく高いので素人は参入できず、大手が参入するには市場が小さい。業者間で投機的な市場を形成できる。これは骨董品や絵画と同じ構造だ(骨董商や画商の名誉のために言い添えると、全部が全部こうだってわけじゃないです。)
このバリューチェーンでは、リッチなユーザエクスペリエンスなど期待しようがない。

ならば解決は簡単だ。直販すればよい。安くするためではなく、ユーザエクスペリエンスを向上するための直販。たぶんこれは、Appleの戦略に近い。直販、ソーシャルメディア、コンテンツ、リアルイベント、紙媒体を立体的に組み合わせた新しいクリックアンドモルタルだ。

MADE IN JAPANの本当の価値

By 松岡明芳 (松岡明芳) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

By 松岡明芳 (松岡明芳) [GFDL (http://www.gnu.org/copyleft/fdl.html) or CC-BY-SA-3.0-2.5-2.0-1.0], via Wikimedia Commons

そもそも一眼レフは、最終消費者相手に日本製品が圧倒的な世界シェアを持っている、今や数少ない製品である。20年前は当たり前の光景だと思っていたが、今やそうではないのは周知のとおり。世界市場の約9割を日本製品が占め、残りの1割は、東独のレンズが好きだといった本当の趣味分野である。
その9割はキヤノンとニコンの二強で占められている。そのニコンだが、ベトナムでは代理店販売しかしていない。笹田氏はそれがもったいないという。「ニコンが世界的に有名になったのはベトナム戦争から。このホーチミンの戦争証跡博物館にもNikon Fが展示されている。そのニコンがベトナムに本格進出していないのは理解に苦しむ。」という。これはなにもノスタルジーやゲン担ぎでベトナムに進出しろという話ではなくて、趣味の世界においては「物語性」が重要であるからだ。物語から切り離されたただの「モノ」は、価格競争に巻き込まれ、より安くて、それなりの性能の後発組に後ろから蹴り倒される。それはこの20年間に、さんざん見てきた光景だ。(ちなみに、Samsungも一眼レフおよびミラーレス一眼を出している。)

日本の製品の本当の強さは、趣味人の層の厚さだと私は思う。そしてこれは、価格競争もできなければ、コピーすることも、廉価版を出すこともできない。それをうまく使うロールモデルを構築するのに、ベトナムのカメラ市場は実に良いポジションにある。これは面白そうな仕事だと思う。

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